Mercedes Benz 300SL



  マニアックな Mercedes Benz 300SL の世界!

2003年以降?は別として1955年のあのルマン24時間レースでの歴史に残るグランドスタンド前での死者80人にも
及ぶ大惨事に巻き込まれ、スポーツカーレースから撤退して以来、市販車のラインアップにはフェラーリやポルシェの様な
マニアックな、いわゆるスポーツカーは存在せず、1963年の230SLから現行までつずくSL系はかの有名な300SLの
sport lightあるいはsuper lightの意味するSLではなくsport luxuryのSLだといわれているようにスポーティーカーの域を
出ないものばかりになってしまった感はありますが、1950年〜60年代にかけては目もくらまんばかりの、このような
素晴らしい車たちがいたものです!今日、アメリカではコレクター達はこの車の価値を少なくとも20万ドル以上と評価
していますが、ヨーロッパではガルウイングクーペ、ロードスターを問わず少なくとも
何と・・・30万ユーロ(約5000万円)以上と評価されているそうです!



Mercedes Benz 300SL coupe<Gull Wing>
1952年のレースシーンに彗星のごとくデビュー、1954年2月のニューヨークモーターショウから1957年に
かけて僅かに1400台が作られたにすぎない、あまりにも有名すぎる(W198)、通称ガルウイングクーペ!
車キチガイにさせられた 原点の車でもあります!・・・・・でも決してメルセデス パラノイア!ではありません。
It debuted in 1952, and about 1400 was only slightly made from the New York motor show in February, 1954 to 1957, and a too famous (W198)
and alias gull-wing coupe. It is a car of the starting point that the car disturbed guy is made to do. It is Mercedes paranoia at all. ・・・Then, it is not.

   

スタイルが後に出てくる190SLと大変酷似していますが、ボンネットのパワーバルジがふたこぶ駱駝なのと
フェンダーサイドにエアアウトレットの鰓があることで一目瞭然です。60年当時ホンダのエスロクからエスハチ
乗り換えたとき、そのボンネットの左にあるパワーバルジに300SLのイメージをダブらせ、
何となく無性に嬉しかった想い出があります。

    

当時のスーパーカーのオーナー達は、皆スターリングモスなどになった気分でさぞや有頂天だった事でしょう!
多鋼管スペースフレーム構造ゆえサイドシルが高く、その幅も厚かったため、特に女性の乗降には苦労が
伴ったらしく、オーナーの一人であった、かの足の長いソフィアローレンなど、どうしていたのでしょう?

    

乗降のやりずらさからもまたアメリカ人好みのコンバーチブル!をとのこともあってか、その後ロードスターに
発展していきます。ほんとにそのニックネームのガルウイングそのまま、カモメの飛ぶ姿を髣髴とさせるドアの
処理、当時の苦肉の策とはいえ、今もって何とも素晴らしいデザインですね!

    

Mercedes Benz 300SL roadster
1957年のジュネーブショウから1963年2月まで、マルチチューブラースペースフレーム構造ゆえ、乗降しにくいことで
有名でもあったガルウイングクーペに代わって作られたロードスター、これも僅か1858台作られたに過ぎませんでした!
カルフォルニァの青い空の下でのロードスター、素敵です!当時特にアメリカではカリスマ的大人気でありました。
なんと今では50年近くを経たにもかかわらず300SLロードスターの素晴らしさが、2005年8月号の
”カーグラフィック”で206〜209ページに詳しく紹介されています!
それにしても夢のある、なんと素晴らしい車なのでしょう!当に一読の価値大いにあり!
Roadster made from Geneva show in 1957 to February, 1963 in place of gull-wing coupe that was famous because it is not easy to get on
and off because of multi tubular space frame structure. It ..being made.. did not pass by about 1858 alone to our regret. The roadster under
Calfolnia blue and emptiness is wonderful. It was charismatic and popular at that time in the United States.
秘密のスポーツカーのページ3、4、6もあります! さてその秘密の?入り口はいずこに?!
 

それにしても約1858台生産された?といわれているうちの何台が現存するのでしょう?なんと今も
私の手元に現存する当時ジンデルフィンゲンから送られてきたオリジナルのカタログはまさにこれと同型の
ロードスターのもので、オプションでアルミのハードトップも装着できると示されています。
However, how many of saying that about 1858 will be produced do in existences?It is shown that the original catalog that has been
sent from Gendelfingen of Germany very at that time at the time of the in existence now at my hand can exactly install
the hardtop of aluminum by the option in the one of the roadster of the same type as this.

     
   ・・・大変珍しい メルセデス300SL の全てが?御覧になれます 必見の価値あり!
 上左は 若き日のマリリンモンロー、ジョーデマジォ夫婦、ゲーリークーパー、ジーナロロブリジータやカラヤンなども登場します?
動画は少し重いのが何といっても難点です・・ご辛抱ください!   Please endure "Animation" though a little heavy is a fault.
  
    

世界初、ボッシュ社製のダイレクトヒュ−エルインジェクションポンプ搭載のM198型 S・OHC 2996cc 
ストレートシックスのハイコンプレション 9.5:1仕様のヘッドとスポーツカムシャフトを備えたものでは、
当時驚異の215〜250馬力を発生しファイナルギア比 3.25:1仕様のものでは最速260キロという
超高性能にもかかわらず、今の車と違ってそのエンジンルームの景色はモノトーンに近く色気や派手さ
といったものは全くといっていいほどありません。ヘッドライトはガルウイングとは異なってスモールランプ
との一体型で、デザイン的には個人的にはロードスターのほうが好みです。

    

4速トランスミッションのシフトステックは繊細で、か細く、フェラーリのかの有名なシフトゲートを持つような物
ではありません。メルセデス特有の大型のステアリングホイールには流石に年代を感じさせるものがあります。
クーペの場合、乗降に際してこのステアリングホイールが前に倒れて折れる仕組みになっており、乗降のしずらさを
幾分か助ける仕組みになっていました。当時多分、オーナー達は皆、このコックピットのなかで、かの有名な
ダブルハンズスタートの儀式?を行い、そして誇らしげに興奮気味に300SLを発進させた事でしょう!

    

リアフェンダーのテールエンド上の小型のリフレクターは多分アメリカ仕様のものでしょう?1961年には
ブレーキシステムが4輪ドラムから全輪ディスクブレーキとなり最終型として更に一層完成されたものになりました。
遠慮がちなそのテールランプや何となく懐かしいマフラーカッターにも、そしてふっくらふくよかなテールエンド
などにも、その手作り同然で作りこみの良かった930時代までのポルシェ911とも何か共通する
よき時代の香りがするようでもありますね。

   

50年近くを経た現代でも、まさに惚れ惚れとするバランスの取れたロングノーズ ショートデッキ、これぞ
まさしくロードスター!の典型的なフォルミングといえるでしょう。それにしてもこのアメリカ人のオーナーが
ほんと羨ましい限りですね!

   


  
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中は石原裕次郎氏の愛車でわが国に生息する数少ない一台です?・・・

参考文献
http://www.webcg.net/WEBCG/essays/000018078.html
http://www.webcg.net/WEBCG/essays/000018079.html
CAR GRAPHIC(創刊号 1962年4月号 10p-80p
CAR MAGAZINE 2000年12月号 139p-147p
CAR GRAPHIC 2005年 8月号 206p-209p